2010年03月31日

高齢者が地域社会で安心して暮らせる仕組みを―国交省がフォーラム(医療介護CBニュース)

 国土交通省は3月29日、「高齢者『いき〜iki』まちづくりフォーラム」を東京都内で開いた。疲弊や空洞化などの課題が顕著になってきたとされる地域の中心市街地で、高齢者が安心して居住できる体制の構築に向けた取り組みが各講演者から紹介された。

 兵庫県の社会福祉法人「きらくえん」の市川禮子理事長は、「地域に根差すノーマライゼーションの取り組み」と題して講演。同法人が運営する特別養護老人ホーム「あしや喜楽苑」(芦屋市)では、「福祉は文化」を標榜。地域交流スペースを作り、絵画のギャラリーや、ジャズやクラシックのコンサートを催すなどしており、1か月間で延べ4000人の地域住民が訪れるという。市川氏は「特養が明るく華やかで、楽しいところでないと地域の文化の拠点になれない」と指摘した。また、「けま喜楽苑」(尼崎市)では、入所者と共に市街地の居酒屋や百貨店などに外出することがあると紹介し、「(入所者が)わたしたちと同じことをしないといけない。そうしないと地域も特養に目を向けてくれない。単にケアを受ける場ではなく、本当の生活に戻っていく場にしなければならない」と訴えた。

 また、蝦名大也釧路市長は、郊外に住む高齢者らが安心して暮らせる中心市街地の住まいとコミュニティーの再生を目指す「釧路市ライフケアビレッジ構想」について報告。地域の建物を活用した「共同生活型高齢者住宅」での共同生活の実現を支援したり、地域住民やNPO法人などが交流の場を設置し、見守りや生活援助などを展開したりする仕組みを紹介した。

 このほか北大大学院の越澤明教授は、高齢者が中心商店街に住み、安心して買い物ができるような街づくり政策の必要性を指摘した。

■2025年、介護施設は「特別な住居」に?―厚労省・三輪審議官
 厚生労働省の三輪和夫大臣官房審議官は、「介護保険制度の課題と展望」と題して講演した中で、日常生活圏域で生活支援サービスが適切に提供される「地域包括ケアシステム」について説明。現状については、「人がケアに合わせるしくみ」と述べ、利用者が心身の状態に応じて、施設を転々としなければならないと指摘。これに対し、「厚労省として決めているわけではなく、議論の紹介」と前置きした上で、2025年のケアの在り方として、高齢者が住む場所を変更することなく、必要なサービスが「外付け」で提供される「ケアを人に合わせるしくみ」を目指すべきと主張。介護保険施設については、特定の機能を持つ一部の施設を除いて「特別な住居」になるとした。


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2010年03月30日

オウムと信じた初期捜査、唇かむ公安部元幹部(読売新聞)

 30日午前0時に公訴時効を迎える国松孝次・元警察庁長官銃撃事件は、実行犯が特定できないまま捜査が終結する。

 15年間、オウム真理教の組織的な犯行と見て捜査を続けた警視庁公安部。信者だった同庁元巡査長(44)の二転三転した供述――。初期の段階で捜査を指揮した元公安部幹部は、時効を前に「もっと広い視野が必要だったのかも知れない」と唇をかんだ。教団の取材を続けてきたジャーナリストの江川紹子さん(51)は、「方針を見直す機会は何度もあったはずだ」と、迷走を重ねた捜査に苦言を呈した。

 「あの頃は、オウムの信者以外に犯人はいないと本気で思っていた」

 元巡査長が1996年5月、初めて銃撃への関与を認める供述をした後、警視庁公安部は元巡査長をホテルなどに“軟禁”しながら約5か月にわたって極秘の聴取を続けた末、捜査を中断した。この後、捜査の指揮にあたることになった公安部の元幹部は当時の心境をそう振り返る。

 銃撃事件が起きたのは地下鉄サリン事件10日後の95年3月30日の朝。その後も「新宿駅青酸ガス事件」や「都知事あて小包爆弾事件」などが相次ぎ、この元幹部は「信者の誰かが、必ず銃撃事件を供述すると思っていた」という。

 だが、地下鉄サリン事件など一連の事件に関与した信者の多くは、公安部と畑違いの刑事部捜査1課が取り調べており、元幹部は、そこに割り込んで取り調べることはできなかった。

 そこで考えたのは「元巡査長の供述の裏付け」。96年10月から、元巡査長が銃撃に使った拳銃を「捨てた」と供述した神田川での54日間の捜索を見守った。しかし、流される可能性のある範囲をすべて調べても拳銃は発見できず、その時になって「元巡査長は信用できない」と確信したという。

 その後も多くの信者が逮捕されたが、誰一人として事件について語っていない。「あの時、教団以外の犯行の可能性を考える視点を持つべきだった」。元幹部はそう感じている。

 一方、2004年7月に元巡査長ら3人を殺人未遂容疑で逮捕した際、捜査を指揮した別の元幹部は、元巡査長が「元信者に似た男と車で現場に行った」という供述を翻し、「自分が撃ったかもしれない」と話し始めた時、「もう事件は解決しない」と天を仰いだという。

 「立件は難しいとわかっていたが、それ以外、道がなかった」。現役の警視庁幹部も力無く語った。

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2010年03月29日

足利事件 「心晴れ完全無罪」 菅家さんうれし涙(毎日新聞)

 「心も晴れて、完全無罪です」。宇都宮地裁で言い渡された足利事件再審の無罪判決。閉廷後の菅家利和さん(63)は空を見上げ、支援者らの拍手に両腕を上げて応えた。同僚の結婚式に出るはずだった91年12月1日早朝、突然現れた刑事に同行を求められ、連れて行かれた足利署。13時間を超す過酷な取り調べの末、身に覚えのない罪を認めさせられて悔し涙が出た。18年余続いた苦しみの日々。菅家さんはついに冤罪(えんざい)を晴らした。【吉村周平、古賀三男、中村藍】

 ◇裁判官謝罪にうなずき

 「菅家さん、証言台にお進みください」。佐藤正信裁判長にうながされ、菅家さんは2回頭を下げた。再審開始が決まった茨城・布川事件の桜井昌司さん(63)にプレゼントされた赤いネクタイを締め、リラックスした表情。佐藤裁判長は「菅家利和氏に対する本件事件の再審公判における判決を宣告いたします」と告げ、無罪を言い渡した。

 その後、約40分間にわたって判決理由が読み上げられた。「自戒の意味を込めて謝罪させていただきます」。裁判官3人が起立し頭を下げると、菅家さんは大きくうなずき、閉廷後、傍聴席にいた桜井さんと抱き合って涙を流した。

 ◇釈放後も苦しみ増し

 この日、菅家さんは「支える会・栃木」代表の西巻糸子さん(60)の車で自宅を出た。足利市から地裁のある宇都宮市まで1時間40分、夜半まで降った冷たい雨は上がり、薄日がさし始めた。ほころんだ梅に目をやる菅家さん。「春だよね。やっとこの日が来たね」。西巻さんの言葉に深くうなずいた。

 昨年6月に釈放された菅家さんだが、再審公判で無罪が出るまでは「複雑なんです。半分被告、半分自由。本当に不安」と話していた。それでも早期の無罪判決を望まず「『真っ白な無罪判決』じゃなきゃ困る」と一貫して誤判原因の徹底究明を求めた。「私(の足利事件)で終わらせちゃだめなんです。冤罪(えんざい)を繰り返さないための判決をもらい、たすきを次につながないと」

 昨年12月に故郷の足利市に引っ越し、請われるまま全国の冤罪支援集会や講演会に飛び回ってきた。メディアの取材にも積極的に応じている。「1人でいるより、忙しい方がいいんです」。自宅で1人、食事の準備をしている時などに抑えがたい感情が噴き出す。「おとといより昨日、昨日より今日。日に日に苦しみが増していく。刑事に追及される夢をみて、『あーっ』と叫ぶ声で目が覚める」。憎しみと悔しさでうっ屈し「自分を支えてくれる人にも、つらく当たってしまう」ことがあるという。

 子供のころ遊んだ鑁阿寺(ばんなじ)や同僚と散策した行道(ぎょうどう)山。早く帰りたかった故郷には、女児の遺体が見つかった渡良瀬川河川敷もある。田中橋を渡る時、嫌でも目に入る。「死体はどこに置いたんだ」。刑事にどなられ、身に覚えのない犯行を再現させられた忌まわしい記憶がよみがえる。だが、見たくもない河川敷を見てしまうのは「あんな所で四つの子供が殺されて」からだ。

 足利には逮捕後間もなく亡くなった父、服役中に亡くなった母の眠る墓もある。「自分はやっていないから、安心してほしい」。菅家さんは、無罪判決を少しでも早く両親に報告したいと話した。

 【ことば】再審

 有罪確定者に無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見した場合に、再度、裁判をやり直す制度。かつては真犯人が見つかった場合などに限られたが、75年の最高裁決定(白鳥決定)が「明らかな証拠」について「新証拠と他の全証拠を総合的に評価して、事実認定に合理的な疑いを生じさせれば足りる」と判断し、「疑わしい時は被告の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審にも適用されることを示した。80年代に免田、財田川、松山、島田の4事件で死刑確定が再審無罪に覆って以降、重大事件で再審が行われることはなかったが、09年に足利、布川両事件で相次いで再審開始が確定した。

 ◇足利事件再審 判決公判までの主な経過

90・5・12 栃木県足利市で女児不明。渡良瀬川河川敷で翌日遺体発見

91・12・2 県警が菅家利和さんを逮捕

93・7・7 宇都宮地裁が無期懲役判決

96・5・9 東京高裁が控訴棄却

00・7・17 最高裁が上告棄却

02・12・25 宇都宮地裁に再審請求

08・2・13 宇都宮地裁が再審請求の棄却決定

 12・24 東京高裁がDNA再鑑定を決定

09・5・8 DNA再鑑定で「不一致」との結果判明

 6・4 菅家さん釈放される

   23 東京高裁が再審決定

 10・21 宇都宮地裁で再審初公判

 11・24 第2回公判。検察、弁護側双方のDNA再鑑定人が証言

 12・24 第3回公判。警察庁科学警察研究所所長が証言

10・1・21〜22  第4、5回公判。菅家さんを取り調べた際の録音テープ4本を再生。取り調べを担当した元検事が証言

 2・12 第6回公判。検察側が「真犯人でない菅家さんを起訴し申し訳ない」と謝罪。無罪論告し結審

 3・26 再審公判で無罪判決

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